カントクたちがAVを撮る理由


第81回 春童(前編)
「悪友と回し読んだエロ本に父の名が」

春童監督は、「大洋図書」レーベルや「S&Mスナイパー」レーベルで多くのSM映像作品を世に出す一方で、大洋図書をはじめとする出版社で組織される大洋グループの会長・小出英二という顔も持っている。SM監督であり経営者である彼が語ってくれた、実にあじわい深い話を今月はたっぷりお届けする。

──今月、「S&Mスナイパー」レーベルの春童監督の作品が、スカパー!アダルトで放送されます。『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』(チェリーボム)に込めた、監督としての思いを聞かせてください。

「僕にとっては、これが川上ゆうちゃんを撮る最後の作品。彼女の集大成的なものを残したいと思って撮りました」


──監督と川上ゆうちゃんの関係は長いのですか?

「僕が彼女と初めて会ったのは、彼女が川上ゆうに改名したタイミングで、『「私的撮影」 川上ゆう』(大洋図書・2008年11月発売)を撮ったときでした」

──彼女はロ●ータ美少女路線をやめてSMにもトライしようと改名したわけですよね。

「当時は、何でもできる、どこまでもやれてしまう怪物みたいな女優というイメージを感じましたし、この作品は今でもすごく売れてるんです。ですが、あの頃と比べるとやはり最近の彼女は年齢とともに肉体的に疲れてきているように思います。今回の『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』の前には、『「TIDE UP」 BONDAGE LIFE VOL.1 川上ゆう』(S&Mスナイパー・2016年11月発売)という作品を撮っていますが、撮影の翌日に彼女は病院に行ってるんです。アメリカンボンデージ調の軽い撮影のつもりだったんだけど、腰を痛めてしまった。本人は頑張り屋だし、どんなプレイでも大丈夫ですって言うんだけど、経営者の立場としたら事故も怖いので、もうこれ以上は僕は撮れない。そう思って企画したのが、『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』なんです。彼女のファンに向けて、最後にファンが納得してくれる作品を作りたかった」

──作品中でのゆうちゃんは、いろんなフェチのお客さんを相手にする風俗嬢役ですね。

「心を病んでいる偏食の女の子が、もっと病んでる客を相手にしていくうちに変わっていくという、心変わりを撮りたかったんですね」


『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』(チェリーボム)

──接客の合い間に、風俗店の事務所でゆうちゃんが弁当を食べるシーンが挿入されますが、彼女は神経質そうな空気を漂わせていましたね。そして彼女を指名する客たちが、癖のある男ばかり。

「5人のお客さんが出てくるので、このうちのどれかに視聴者さんの性癖と重なるものがあると思います」

──イラマチオ好きの中●しレ●プ男、M男、純情な中年、匂いフェチの老人、社長役と秘書役などのイメージプレイにこだわる男などですね。今どきのAVと比べると、それぞれカラミのシーンが短いように思いましたが、何か狙いがあるんですか?

「僕自身、SEXがそんなに強くないので、せいぜい20分くらいでいいんですね。今のAVって、長い前戯があって潮を吹かせて、フェラをさせてといった具合に、見せるためにいろいろやってからようやくSEXが始まるじゃないですか。だけど僕自身はそういう手順を踏まないし、見てる人もそうだろうと思ってるんです」


『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』(チェリーボム)

──昔のVHSテープ時代のAVの尺は、45〜60分でした。そうした作品で見せているカラミの時間が、普通の男のオナニーにシンクロしていると思います。オナニーに優しいAVという感じ。

「昔はエロ場面が始まってから男優の射精まで15分くらいにまとめていたものが、今はどんどん長くなってきた。僕は、それが嫌だからSEXシーンは短くしています。僕の撮るものは、大々的に女優を売り出すためにいろんなプレイをして、大きな売り上げを目指す作品ではなくて、僕の性癖を撮り連ねているだけという部分もあるんですよ」

──『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』に出てくる男5人のフェチの部分は、全部が春童監督の中にあるということですね。それを積み重ねたうえであの感動的なラストシーンにたどり着くと。

「純情な中年男の客から真心を捧げられたとき、川上ゆうちゃんがどうリアクションするのか、ぜひ見ていただきたいですね」


『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』(チェリーボム)

──では、春童監督を名乗り始める前のお話として、小出会長がエロ本出版社の経営に関わるようになった経緯から伺いたいと思います。

「オヤジが死んだのが、僕が13歳のときなんです」

──大洋グループの創業者の小出英男氏ですね。

「団鬼六さんと『SMキング』を作ったりした人間なんですが、親父が死んだ後の会社は、母親が跡を継いで、僕はバイトをしに行くようになりました。高校2年ぐらいのときには倉庫の仕事をしたり、リヤカーを引いてエロ本の配達をして、18歳になったら免許を取ってトラックで配送するようになりました」

──監督は1960年生まれだから1970年代後半の話ですね。当時から小出ジュニアとして大洋グループを継ぐという道筋は決まっていたわけですか?

「本当はクラシックギター奏者になりたいと思っていました。大学を卒業する前、年に1回開催される日本ギターコンクールで優勝できたら、跡を継がずにクラシックギターの道に進みますよと母には言っていたんですが、優勝できませんでした。僕の上には兄がいるんですが、歯医者をやっています。ウチの家系はみんな医者で、こんなやくざな商売をやっているのは僕だけなんです」


『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』(チェリーボム)

──そうは言っても春童監督こと小出会長は、エロの家業に愛着がありそうですし、かなりのSM好きと聞きます。どういったきっかけで目覚めたんですか?

「小学校6年か中1の頃のことですが、当時住んでいた谷中の悪ガキたちと、地元の書店にエロ本を調達しに行こうという話になりました。小さい体でも隠しやすいように、小さいエロ本をみつくろって、それで手に入れたのが、『SMキング』でした」

──新書判の小さいやつですね。

「谷中の墓地に行って、ワクワクしながらみんなで見るんです。女性が縛られて吊られてという、杉浦(則夫カメラマン)先生が撮ったものが載っていました」

──そうか、その頃から杉浦さんはグラビアを撮ってたんだ。息長いですよねぇ。

「半年ぐらい“秘密基地”で『SMキング』を見てたら、友達が言ったんです。『ブーちゃん(春童監督の当時の愛称)のお父さんと同じ名前じゃん?』って。発行人・小出英男って書いてある」


『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』(チェリーボム)

──ほほう、なんと劇的な。

「あまりにすごいエロ本だったんで、家に帰って母親に相談したんですよ。そしたら『あのクソオヤジ!』って母親が怒りだして、ものすごい夫婦喧嘩が始まったんです。当時、オヤジが自分の仕事を母親に説明するときには、『俺は本の卸売をしてる』『エロはやってない』と言い張っていたんです」

──なのにエロをやってたとなれば、一大事ですね。

「死んだオヤジは16回会社を潰していて、17回目に起こした会社が大洋図書でしたから、『そんなことやってたらまた会社潰すことになるぞ』と、おふくろに怒られていました。だけど結局オヤジはエロ本を出し続けたんです」

──お父様はSMが好きだから手がけていたんですか?

「オヤジは完全に商売としてです。グラビア撮影の現場にも行ってなかったですし」


『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』(チェリーボム)

──父親がSM雑誌を作っていた事実を、小出少年はどう受け止めたんですか?

「なにしろ全部が緊縛のSM雑誌でしたから、子どもにはショックではありましたよね。でも、やっぱり興味を抱いてしまって、父親の書斎を調べるようになりました。あちこちからSMの写真がいろいろ出てくるんです」

──小出少年は、そこからSMに傾倒していくんですね。

「初めて見たエロがSMだったんで、トラウマと同時にSMしか受けつけなくなっちゃって。高校時代に倉庫で働くようになると、『S&Mスナイパー』『SMスピリッツ』『緊縛スナイパー』などなどウチが出してたいろんなSM雑誌が返本されてくる。それを見てるうちに、結局そっちの趣味ばっかりになっちゃったんです」


『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』(チェリーボム)

──あの当時は、大洋図書だけでなく、新書判のSM雑誌が花盛りでしたね。『SMセレクト』(東京三世社)、『SMコレクター』(サン出版)、『SMファン』(司書房)。エロ本出版社の跡継ぎとしては頼もしい息子だったんだと思いますが、クラシックギターを断念して大学を卒業して、大洋図書に入社されてからは、次期社長として、まずはいろんな部署を経験して回ったんですか?

「倉庫をやって、営業をやって、ひと通りのことをやりましたね。途中でおふくろに言われたのが、『その背広もビールも、全部女を縛ったカネで買えてるんだからね』って」

──きついひと言ですね(笑)。

「本当に言われたんです。おふくろと焼き鳥屋に行くと『この焼き鳥1本も女縛った金があるから買えるんだ』と。『だからおまえも習え』と、おふくろに言われて」


『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』(チェリーボム)

──え、緊縛の勉強をしなさいと!? そんな結論になっちゃうんですか!

「男まさりのすごい母親で。それで、濡木痴夢男さんの『緊美研』に通うようになったんです」

──昭和のSM文化の重鎮、濡木痴夢男さん(故人)が主宰していたのが緊縛美研究会で、そこが出していた会報誌が『緊美研通信』ですね。

「でも、習っても僕は全然ダメで、当時、東京三世社から出てた“縛り方教室”みたいな本を見て自分で勉強している頃、雪村春樹さんと出会ったんです」

──その後雪村監督の弟子になり、「春童」の名も雪村監督からもらったんですよね。

「はい。僕が一番弟子です。雪村春童を名乗ることもあります」

雪村春樹監督は当コーナーでもインタビューしているが、2016年3月に惜しまれながら亡くなった。後編では、緊縛界の巨匠・雪村春樹監督との関わりから、仰天ネタだらけの過去まで明かしてくれました。乞うご期待!

Profile

春童(はるわらべ)
1960年東京生まれ。エロ本出版&販売大手・大洋グループ創業者の子として育ち、父が発行人を務める『SMキング』を思春期に見てSMに開眼。跡継ぎ修業の一環として濡木痴夢男の緊縛美研究会で研鑽を積み、1988年に社長就任。グループを総合エロ本出版社に成長させる傍らSM作品の製作現場に関わり続け、故・雪村春樹氏が緊縛師として飛躍する土台を作った。

Profile

文・沢木毅彦
さわき・たけひこ 1961年生まれ。フリーライター。AV草創期よりAV専門誌にレビュー、取材記事を寄稿。月刊誌、週刊誌、WEBで細々と執筆中。香港映画と香港街歩きマニア。ビールは香港の海鮮屋台で飲むサンミゲル(生力)とブルーガール(藍妹)が最好。
twitter:@berugiisan

放送情報

今月の春童監督作品はこちら


『牢屋に棲む淫女 川上ゆう』

12/1(金) 深1:30~ CS初放送
【その他放送日】6・9・14・17・22・23・25・29


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