カントクたちがAVを撮る理由

第7回 豊田薫(前編)
「25歳、夕刊紙の三行広告で就職」

 日本がバブル景気に沸いていた1980年代後半、最も過激な性描写と詩情あふれる作風でAV界を席巻していた男が豊田薫だった。俊才とも異才とも讃えられた彼は、齢61となった現在もスカ●ロ専門レーベル「スカ専」で、リリカルでラジカルな作品を撮り続けている。

──僕が高校生だった1977年、街にはエロ本専門の自動販売機があって夜中に自転車でこっそり買いにいってセンズリしていました。豊田監督がその年に、伝説のアリス出版に就職し「自販機本」の編集長になったと知ったときは感慨深かったです。

「アリス出版が、俺のエロとの出会いだったんだよね。大学を中退してブラブラしてたとき、夕刊紙の三行広告ってあるじゃん。あれに『編集者&カメラマン募集』って書いてあるから、カメラ関係の雑誌かななんて思って応募したの」

──どうして中退してブラブラしてたんですか?

「社会に対してどういう形で参加していいのかわからなかった。やりたい仕事もなかったし、いろんなバイトをやったけど、常に『俺はこうじゃない、違うんだ』と思って長続きしなかったんだよね。でも親には中退したことはいいだせず仕送りしてもらっていたし、もう25歳だったから就職を決めたの」

──それがアリス出版。本当にエロ本とは知らずに応募を?

「うん。エロ本なんて見たことなかったし、ヤクザが作ってるもんだと思ってたの。ヌードモデルもヤクザの女に違いないって思っててさ。でも、面接にいったら俺と歳の違わない青年が社内でいっぱい働いてて、ヤクザっぽくないわけ(笑)。で、応募者50人中、受かったのは俺だけだったんだよね」

──何で受かったんでしょう。

「それがさっぱりわからない。でも、『君は天職を見つけたね』っていわれた」

──それ、単純に喜んでよかったんでしょうか(笑)。

「最初は活版の読み物雑誌をやってたんだけど、入って2年目に、そこの編集長が俺に64ページ物のグラビア雑誌を任せてくれるようになったの」

──2年目にして編集長とは、才能を見出されたんですね。

「女の子のマ●コにニンジンを挿入してウサギに齧らせたりしたんだよね。俺の一番好きな映画が、寺山修司の『書を捨てよ町へ出よう』で、少女とウサギの白昼夢のようなシーンからイメージしたんだよね」

──あの当時のエロ本は編集者が好きに遊べた豊かな時代でしたよねぇ。

「面白かったね」

──でも、何をやっても長続きしない豊田監督は、その会社を3年目に辞めたと聞いています。

「だいたい人間関係に飽きちゃうのが原因なんだよね。当時はコピーライターのブームで糸井重里さんや仲畑貴志さんが売れてて、俺もコピーライターになろうと思って、ちっちゃい広告代理店に入ったんだけど、やっぱり2年で辞めちゃった」

──どうしてですか?

「バブルの頃だったから、クライアントは不動産関係ばっかりなんだよ。せっかくコピーを書いても『顧客がこだわるのは物件の広さだ。言葉よりデータだ』っていわれてさ。そんなの、慣れた営業担当者なら誰でも書けちゃうわけよ。『俺、要らないじゃん?』って思って辞めた。それでまたブラブラしてたらKUKIの社長と新宿の飲み屋かどこかで会ったんだよね」

──初対面だったんですか?

「面識はあった。KUKIがエロ本を作っていて、それをアリス出版の流通に乗せて販売してたから。『何もやってないんだったらウチでAV撮る?』って言ってくれたのが始まりなんだよね」

──映像に関わった経験はなかったわけですよね?

「うん。でも、アリス出版にいたとき、カメラマンにアングルを指示してモデルのコにポーズを付けてたでしょ。ストーリー物グラビアのディレクションが点と点のつながりだとしたら、動画ってそれをつなげればいいんだって単純に考えたの。AVはそこに音楽も付くし音声も入る。エロ本に載せていたコピーを男優に喋らせりゃいいんだって」

──男のモノローグを多用するのも「書を捨てよ町へ出よう」の影響ですか?

「そうなんだよね」

──AV監督としてのデビュー作である「少女うさぎ 腰ひねり絶頂 高野みどり」(KUKI)は、『ビデオ・ザ・ワールド』誌(コアマガジン)でも評判でした。

「『ビデオ・ザ・ワールド』で、のちにSF作家になる友成純一が評価してくれて、すごく自信になったんだよね」

──KUKIの社長からの評価はどうでした?

「良くなかった。1作目のあとずっと干されてたの」

──なぜですか?

「あとになってわかったんだけど、社長が(寺山修司主宰の)天井桟敷出身だった。『お前に寺山がわかってたまるか』と思ったんだろうね(笑)」

──冒頭のシーンで、原宿の竹下通りでウサギを抱いた男を登場させたりしたから(笑)。2作目の「奥まであと1センチ」もAV誌で評判よかったですよね。

「でもやっぱり干されてて、3作目の音沙汰がなくて、どうしよう、せっかく面白くなってきたのにって思ってたら、ある人から『芳友舎(現h.m.p )が監督を探してるよ』って教えられて、KUKIで撮った作品を持って芳友舎の会長に会いにいったんだよね」

──芳友舎は、会長が六本木で始めたSMクラブが母体のSM系のメーカーでした。

「当時はまだマイナーで、倒産寸前だったんだけども、会長が俺を気に入ってくれて、好きに撮らせてくれたら、どの作品も当たったの」

──性器ギリギリの描写で度肝を抜いた「口全ワイセツ」や、当時ビデ倫(審査団体)ではタブーだった近●相姦を扱った「禁姦色」など話題作のオンパレードでした。そうやってハードコアAVの基礎を作られていたわけですけど、7〜8年で芳友舎を辞めたときは、僕らAV誌の連中は、なにごとが起きたのか!? って思ったんですよ。

「1カ所に長くいて、なんか煮詰まってきちゃったの。そんなときに、俺に『会いたがってる人がいる』って聞いて。それが、あの村西とおるだったんだよね。『いまもらってるギャラの倍払うから、ウチで監督やらないか』っていうんだから、考えちゃいますよね」

Profile

豊田薫(とよだかおる)
1952年埼玉県生まれ。25歳のとき自販機エロ本出版社に就職。その後、KUKI、芳友舎(現h.m.p)、ダイヤモンド映像で監督を務めたのち、フリーランスに。1996年、ビデ倫にとらわれない自主規制作品の先駆けとして「リア王」を設立。現在は新レーベル「スカ専」を立ち上げ、過激なマニア性にこだわった異能のAV監督としてその名を業界に轟かせている。

Profile

文・沢木毅彦
さわき・たけひこ 1961年生まれ。フリーライター。AV草創期よりAV専門誌にレビュー、取材記事を寄稿。月刊誌、週刊誌、WEBで細々と執筆中。香港映画と香港街歩きマニア。ビールは香港の海鮮屋台で飲むサンミゲル(生力)とブルーガール(藍妹)が最好。
twitter:@berugiisan

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