カントクたちがAVを撮る理由

第29回 バクシーシ山下(前編)
「若き日のSEXトライアスロン」

「スカ●ロ」や「社会派」で過激路線を邁進していた異端の巨匠・安達かおる監督率いるV&Rプランニング。1986年に設立された同社に、まずカンパニー松尾が入社し(詳しくは当バックナンバー参照)、次いで松尾の誘いでこの男が入社した。監督デビューするや、安達かおるをも凌ぐビデ倫からの「発売禁止」沙汰はしばしば。バクシーシ山下。ついに当連載に登場です!

──岡山県から上京し、大学3年のときにひょんなことから最初はAV男優として業界入りした山下監督ですが、まず、どういう志(こころざし)を抱いて東京に?

「とりあえず田舎から出たかったんです。でも最初の2年間は北海道なんですよ。休日はバイクに乗ってブラブラ。北海道の道だから1日に700から800キロは走れちゃう。一番楽しかったのは夏休みの住み込みのバイトですね。ある観光地で観光客相手の。そこで、いろいろ学びましたね」

──たとえばどんなことを?

「店長が釧路のソープランドに連れてってくれたんですよ。初めて風俗を経験したんです。22〜3 歳くらいの女性で、○○から来たっていうと態度が急変するんです。『あ、いや、僕は岡山出身で』って説明したけど、『早く挿れて済ませて帰って』みたいな態度」

──まだ差別意識が根強く残ってたんだ。

「被差別というものを初めて体験しましたね。それ以前は、見聞きはしたけど差別の当事者ではなかったですから。あのときの彼女の態度は忘れられないです」


──じゃあ、劇場版もヒットした北海道が舞台の『テレクラキャノンボール2013 賞品は神谷まゆと新山かえで』(ハマジム/カンパニー松尾監督)は、大学時代のリベンジをと?

「その意識もありましたねぇ(笑)」

──で、3年になっていよいよ東京に。

「バイトを探すんだけどあの時代、髪が長いとどこも雇ってくれなかったんです。のちに深夜番組の『イカ天』でバンドブームが来て、長髪でもオーケーになるんですよね。求人誌を見て、個室のビデオボックスとテレクラの店員募集を見つけて、ここなら長髪でもイケるだろうと思っていったら雇ってもらえて、テレクラのほうの受付に回されたんです」

──受付って退屈そうですよね。

「退屈ですけど、お客がいない余った電話が鳴ったら出なきゃいけない。誰も出ないと女の子はほかの店にかけちゃうから」

──客のふりしてアポ取って?

「アポ取るんだけど、会えたことは1回もなくて、テレクラってしょっぱいなって思いましたね。それで1日8時間のバイトのなかの1時間は、ティッシュを配るんです。あの頃まだテレクラのティッシュを配ってる店はなかったから『こんなことするんだ!?』て思ったし、みんな喜んでもらってくれるから5分か10分で配り終わっちゃうんですよ」

──場所は歌舞伎町?

「そうです。で、いつも立ってるAVのスカウトマンや、キャッチのお姉ちゃんとも顔見知りになって、つるんで飲みにいったりするようになって、ちょっと面白かったんですよね。みんな友達みたいになっちゃって」

──そんな世界があの路地であったんですね。

「週刊誌の風俗記者の人が夜中に取材を終わって、いつもテレクラに仮眠を取りにきてて、話を聞いたりするのも面白かった」

──純朴な大学生からしたら知らない世界の話ばっかりだもんね。

「高校の頃に末井昭さんの本を読んでいて、風俗業界って面白そうだなって思ってたんですよね。南伸坊さんの本も読んだし」

──80年代のエロ本黄金時代を席巻した白夜書房一派ですね。

「あのあたりの影響は受けてますね。そういう風俗記者と店の社長が季節ごとに企画を考えて、テレクラを紹介する記事を作るんです。週刊誌とスポーツ新聞が提携して。ただテレクラを紹介するだけじゃ取り上げてくれないので、夏は『テレクラ海の家』と称して、海の家をテレクラにする。本当に電話回線を引いて『これはすごいぞ!』っていう記事にして」

──『お姉ちゃん入れ食い状態!』みたいに。

「そうそう。で、冬は成人の日にひっかけて『性人の日』。性のチャンピオンを決める日だっていうベタな企画で(笑)、歌舞伎町を舞台にした『SEXトライアスロン』。一般の人も募集したけど誰も来なくて、風俗記者も『体当たり取材』ってことで参加するんだけど、それでも人が足りなくて盛り上がらないからバイトの僕たちも『お前らも出ろ』と駆り出されたんです」

──それはどういう競技?

「最初はビデオボックスに入って、何分で射精できるかという早出し競争」

──セックストライアスロンといいながら、オナニーからですか(笑)。

「そう、セックスしないんですよ(笑)。そのあとヘルスにいって、ちん力測定。勃起させて秤をブラ下げて何グラムまで持ち上がるかって。最後はテレクラの電話早取り競争。これは店員やっていたんでもうお手の物ですからね」


「【特別編集】田舎に泊まろう!4時間SP」(レッドチェリー)

──結果どうなったの?

「僕が優勝しちゃったんですよ(笑)。バイトのくせに。その話を、顔見知りになったAVのスカウトマンに酒の席で話したら『じゃあAV男優やったら?』っていわれたんです。いくらもらえるか聞いたら1日3万円って」

──高額だよねぇ。

「バイトのほうは時給600円ですからね。どうやったらAV男優になれるのか聞いたら、とりあえず写真撮ってあげるから、あとはAV雑誌の後ろのほうにAVメーカー一覧が載ってるからそこに写真送ったらいいって」

──顔見知りのコネで写真撮ってくれたんだ。AV女優の宣材写真みたく。

「そうなんです。事務所にいって、白い紙がバックにある撮影スペースで撮ってもらいました。それでたまたま最初にいったのがV&Rプランニングだったんですよ。写真を見たカンパニー松尾から電話がかかってきたんです」

──いよいよ、AV伝説に名を刻む2人が出会うわけだ。

「バイクに乗って面接にいったら、松尾さんも偶然同じバイクに乗ってて、年も近い(松尾が1歳上)ことがあって、なんか話しやすくて『じゃあ呼ぶから』っていって、呼んでもらって男優デビューですね」

──カンパニー松尾はもう監督になっていた?

「なるかならないかくらいの頃ですね」

──V&Rが、社長でもある安達かおる監督のウ●コ物など過激な物を撮っている異端メーカーという知識は?

「ないです。で、そのときに松尾さんから何本か参考用にとV&Rのビデオをもらったんだけど、その中には安達さんの浣腸とかウ●コとかオシッコの作品は入ってなかった」

──学生さんにそんなのをいきなり見せたらまずいだろうと配慮したんでしょうね(笑)。


「【特別編集】田舎に泊まろう!4時間SP」(レッドチェリー)

「そうそう(笑)。いきなり浣腸されたら挫けますからね。で、安達さんの『蒼怒夢の宴』シリーズだったんですけど、やっぱり最初は緊張して勃たないんですよね。安達さんは『こいつ使えねえ奴だなぁ』みたいな冷たい目で口を利いてくれないし、厳しかったですねぇ」

──山下青年の記念すべきAVデビュー作ですが、それは2本撮りで1987年リリースの『続・続・蒼奴夢の宴 狙われた学園 』と『決定版!! 蒼奴夢の宴 禁じられた遊戯 』。その後、男優生活は?

「男優生活は3ヵ月ぐらいなんですよ。いろんなメーカーに呼んでもらいました。あと制作の手伝いもやってて、カメラマンとかヘアメイクの手配とか現場で助監督みたいなこととか。そうこうしてるうちに、V&Rから『人がやめるので、ウチで働かない?』って声がかかるんです」

──いよいよ、岡山の純朴な少年がバクシーシ山下になるわけですね。ここからの活躍は後編でということで、今月スカパー!アダルトで監督の『全国熟女捜索隊 田舎に泊まろう!甲斐小泉編』が放送されるんですよ。見どころなどをひとことお願いします。

「AVに出たいと応募してきた熟女を訪ねて、男優を連れて全国を巡るシリーズです。これの主演は旦那が田舎暮らしに憧れて2人で住んだはいいが、旦那がやっぱり都会がいいって出ていって1人だけ田舎に残された人妻で、ほかのシリーズの人と毛色が違うんです。おしゃれというか、パンを焼いたり、お菓子を作ったり、紅茶を飲んだりする。で、スケベでよかったです。我慢できずに農機具を置いている物置でついついヤッてしまうところなどが見どころです」

──では皆さん、後編をお楽しみに!

Profile

バクシーシ山下(ばくしーしやました)
1967年岡山県生まれ。大学在学中、テレクラでのアルバイトをきっかけに、V&Rプラニング作品で男優デビュー。同社に入社後はガチレ●プにしか見えない衝撃的作品『女犯』で監督デビュー。世の良識派が眉をひそめる問題作を連発し、狂気のAV監督として名を馳せた。現在は主に熟女AVのフィールドで活躍中。

Profile

文・沢木毅彦
さわき・たけひこ 1961年生まれ。フリーライター。AV草創期よりAV専門誌にレビュー、取材記事を寄稿。月刊誌、週刊誌、WEBで細々と執筆中。香港映画と香港街歩きマニア。ビールは香港の海鮮屋台で飲むサンミゲル(生力)とブルーガール(藍妹)が最好。
twitter:@berugiisan

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