カントクたちがAVを撮る理由


第47回 小坂井徹(前編)
「映研出身者は助監督に向かない」

単体物から企画物まで幅広く手掛ける小坂井徹はキャリアが30年近いベテランだ。どんなジャンルの作品でも撮る彼が、最もこだわっているものは何なのかなどを、ぜひ知りたくてこのたび登場していただきました。

──今月はスカパー!アダルトのレインボーチャンネルHDで「『おじさんが気持ち良さそうだから…』と、どんな命令にも応えてくれる胸きゅん生ハメ①②葉山美空」が放送されます。まず、始まったばかりのこのシリーズの狙いはどこなんでしょう。

「おじさんが若くて可愛いコを好きにしていいという企画で、中●しとコスプレを入れてというのがプロデューサーからの注文だったんです」

──制服、私服、ス●水、体操服というブ●セラのフルコースですね。見どころ、抜きどころを監督の口から聞かせてください。


「うーん、そういうの苦手だなあ(苦笑)。えーとね、僕、パンツが好きなんですよ。お尻も込みで。見る人が見れば、いい感じに各コーナーでパンツの“寄り”(アップ)が入っているのがわかるかと。ハメ(挿入)よりも、前戯の段階のこういうショットがイイんですよ僕は」

──女子●生モノの命脈は、まずパンチラだよなと僕もこれを見てあらためて納得しましたよ。

「セックスが始まってからも葉山美空ちゃんはすごくよかった」

──制服をはだけてFカップの美乳がこぼれた状態の“着ハメ”で、イッてヒクヒク痙攣してたのがよかった。

「おじさん目線の、中高年向けのファンタジーですよね」

──葉山美空はおじさんを翻弄する小悪魔キャラとして適役でした。

「カメラ目線で話しかけてくれる冒頭から、おじさんたちはグッと来ること間違いなしと思います。個人的にも、撮りたいものを撮れた一作になりましたね」

──ぜひ皆さんご覧になってください、ということで、映画好きで知られる小坂井監督の過去の話から聞いていきたいと思います。いわゆる映画青年だったわけですか?


「「おじさんが気持ち良さそうだから…」と、どんな命令にも応えてくれる胸きゅん生ハメ①葉山美空」(レインボーチャンネルHD)

「昔から完全に映画監督志望でしたね」

──最初に魅了された作品は何でした?

「『小さな恋のメロディ』。中学校ぐらいのときにテレビ放映されたのを見て、これがたぶん監督をめざすきっかけだったと思う。で、高校生になって『青春の殺人者』とか『田園に死す』とかのATG映画にもかぶれるようになって」

──『青春の殺人者』は僕の生涯のベストワン映画なんです。

「あ、僕もそうですよ」

──おー、そうなんですね。そういえば僕と監督は同年代なのはわかっていたけど、正確には僕が1学年上なんだと今日初めて気づきました。性的に刺激されたエロいアイテムなどは?

「映画ですね。『小さな恋のメロディ』が始まりなのは間違いないんだけど、僕はそれよりも『青い体験』が好きなんです」


「「おじさんが気持ち良さそうだから…」と、どんな命令にも応えてくれる胸きゅん生ハメ①葉山美空」(レインボーチャンネルHD)

──童貞が年上の女性にときめく“筆下ろし物”の名作ですね。

「主演女優のラウラ・アントネッリが昨年亡くなって非常に残念です。あれが僕のすべてのエロの原点なんです」

──あー、そうだったんだ。

「カンパニー松尾も『青い体験』が一番好きっていってた。結局、パンチラが多いんですね」

──なるほど。童貞時代に『青い体験』を見たら、鳥が初めて見た物を親だと思う、そんな存在になるのかもしれませんね。それで高校を出たあとは?

「地元の愛知県の大学にいって映画研究会に入ったんです。昔は嫌われたんですよ、映研出身の奴って。映画に詳しいけど、頭でっかちで助監督としての仕事はできないって」

──僕もピンク映画の助監督を一時期やってたけど、映研出身の奴はたしかに使えない奴が多かった印象があります。

「でしょ(笑)」


「「おじさんが気持ち良さそうだから…」と、どんな命令にも応えてくれる胸きゅん生ハメ①葉山美空」(レインボーチャンネルHD)

──工業高校卒業とかの人のほうが仕事できるんですよね。

「ほんと、そう。だから映研出身というのをずっと隠してた(笑)。で、大学に5年いって、映画監督になれるとは思ってなかったんで就職しようと思ったんですけど、頭悪かったし、ちゃんと就職活動もしなかったから路頭に迷って、知り合いの監督を頼って上京するんです」

──その監督は誰?

「山川直人さん」

──自主映画のね。接点は何だったの?

「山川さんの自主映画の上映会をやってた縁で知り合いになれて、山川さんが初めて35ミリ(フィルム)で(商業映画の監督として)デビューするというので、助監督に使ってもらえることになって。それで東京に出てきたんだけど、結局現場につけなかったんです」

──何ていうタイトルですか?

「『ビリィ★ザ★キッドの新しい夜明け』」


「「おじさんが気持ち良さそうだから…」と、どんな命令にも応えてくれる胸きゅん生ハメ①葉山美空」(レインボーチャンネルHD)

──三上博史が主演のね。現場につけなかった理由は?

「まず、見習いだからギャラが出ないっていわれた。僕も金ないからそれは無理だなって。実家に住んでたら見習いでもよかったんだけど、家賃6万円のアパート暮らしだったんで。で、知り合いが『ぴあ』にいたので、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)の映写のバイトを始めたんです。応募作品の8ミリフィルムを毎日映写室で回して審査員に見せる作業」

──それまで自主映画作品を監督した経験は?

「あるけど、『ぴあ』に出せるレベルではないなと自分で判断できるような作品ばっかりでした。あんまり話したくない(笑)」

──では、そこからどうやってAV界へ転身したかを教えてください。

「PFFにいると、いろんな現場のスタッフや監督が出入りしてるから知り合いになるんです。そこである制作の人間に拾われて、飯田譲治(監督)さんがにっかつでホラー映画を撮っているので来ないかと。それが初めてついた現場だったんです」


「「おじさんが気持ち良さそうだから…」と、どんな命令にも応えてくれる胸きゅん生ハメ①葉山美空」(レインボーチャンネルHD)

──『キクロプス』(1986年)ですね。

「そう。『エイリアン』みたいな作品。そこから1年ぐらい制作部として映画をやっていて、ガス(=シネマユニットGAS)の高槻彰(AV監督)さんと知り合ったんです。映画の現場を1本やると、知らない所から連絡来るじゃないですか」

──ウチで制作できる人を探してるんだけど、ってね。

「そう。いろんな映画の制作をやったなかの1本が、高槻さんが監督したキネコ(ビデオ撮りの素材を劇場で上映したもの)の『裏・本● 陶酔ビデオクィーン』(にっかつ・1987年)ていう映画。4日撮りの制作についたんです。あ、その前にAVの現場にいってました。映画の制作部が嫌になったので仕事を断ってたら、AVの仕事がぽつぽつ来たんです」

──なぜ、映画の制作の仕事が嫌に?

「つまんないから。だって、制作部って車止め(外で撮影中に通りかかる車を止める)してるだけなんですよ。あと(スタッフとキャストの)弁当を運んだり」


「「おじさんが気持ち良さそうだから…」と、どんな命令にも応えてくれる胸きゅん生ハメ①葉山美空」(レインボーチャンネルHD)

──なるほど。AVの助監督業は演出部と関われますもんね。

「だからAVのほうが楽しいって思ったんです。KUKIのイセリン(伊勢鱗太朗)組とか面白かった。初めて助監督としていったら分厚い台本があって、なぜか僕の名前もキャストの欄に書いてあって、いきなりレ●プとかやらされました。パンツ脱ぐまではなかったけど(笑)」

──その後、高槻さんのシネマユニットGASに社員として入ったわけですね。

「そうです。高槻さんともう1人社長がいて、あの頃はまだカンノン・シネマ・ワークスという名前だったんですけど。たしかロケハンしてるときに高槻さんが『社員になんない?』って。どうしようか考えたんだけど、高槻さんの作品はキネコもAVも面白かったじゃないですか。『ビデオ・ザ・ワールド』(コアマガジン)でもベストワンになってた頃で」

──そうですね。高槻彰は1987年の『淫絶11日間 同棲』(VIP)が『ビデオ・ザ・ワールド』誌の上半期1位になったのが始まりで、のちに同誌のベストテンの常連監督になった。


「「おじさんが気持ち良さそうだから…」と、どんな命令にも応えてくれる胸きゅん生ハメ①葉山美空」(レインボーチャンネルHD)

「高槻さんの殺し文句が、『小坂井さ、社員になったら3ヶ月で監督やらせてあげるよ』って。当時、映画の助監督を10年やっても監督になれない(人のほうが多い)ってわかってたから、ここで監督になるのが一番いいかなって思ったんです」

──1988年頃?

「そうです。僕が26歳くらいで」

──初監督作品は?

「フレンズ(=宇宙企画の別レーベル)の『同級生5』(1988年)のオムニバスの1コーナー。10分もない短編だけど」

──女子●生モノだよね。

「そうですね。なんと、それが小森愛のデビュー作でもあったんです」

──ほう。まだカラミもやってない作品ですね。何をやろうと思って撮ったんですか?

「今関あきよし(監督)の『ORANGING'79』(1979年)をやろうと思って」


「「おじさんが気持ち良さそうだから…」と、どんな命令にも応えてくれる胸きゅん生ハメ①葉山美空」(レインボーチャンネルHD)

──おお、自主映画界のアイドル、三留まゆみ主演の。

「三留まゆみを小森愛に見立てて、コンテまで書いたんですよ。カメラが宇宙企画の矢部(克己)さんで」

──矢部さんといえば、宇宙企画、ひいては日本の美少女AVの映像を築いたパイオニアのカメラマンですね。

「コンテを見せたら『こんなのわからんから口でいってくれ』って捨てられた(笑)」

──ハハハ。でも、撮りたい物は撮れた?

「まぁそうですね」

のんびり飄々とした小坂井節で、後半は本格的なAV監督業の始まりから現在、そして具体的な「エロの原点」などを話していただきます。お楽しみに!

Profile

小坂井徹(こざかいとおる)
1962年愛知県生まれ。『小さな恋のメロディ』で性に目覚め、『青い体験』にトロけた高校時代を経て映画監督を志望する。映画制作部の単調な仕事に飽きた頃、高槻彰の誘いで1988年シネマユニットGASに入社。『私をベッドに連れてって』で初めての単独監督作品をものにし、1991年にフリー転身した。セックスシーンよりもパンチラをこよなく愛する。

Profile

文・沢木毅彦
さわき・たけひこ 1961年生まれ。フリーライター。AV草創期よりAV専門誌にレビュー、取材記事を寄稿。月刊誌、週刊誌、WEBで細々と執筆中。香港映画と香港街歩きマニア。ビールは香港の海鮮屋台で飲むサンミゲル(生力)とブルーガール(藍妹)が最好。
twitter:@berugiisan

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