カントクたちがAVを撮る理由


第101回 代々木忠(前編)
「愛染恭子との偶然の出会い」

後編はこちら→「さらけ出してくれてありがとう」

 男女の性の営み。その深淵を探るべく、AVを撮り続ける代々木忠監督がついに当連載に登場!
 1981年にアテナ映像を設立し、今も変わらぬ好奇心と探究心で「ザ・面接」シリーズを撮り続けている、御年80を迎えた巨匠の肉声をお届けします!

──1993年の第一作以来続いている代々木監督のライフワーク作品である、「ザ・面接」。この超長寿シリーズの中から、2015年にリリースされた豪華総集編がスカパー!アダルトで放送されます。「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)です。AV出演を望む女性が、「面接軍団」と呼ばれるトップクラスのAV男優陣とその場でSEXを始め、それを見ている審査員の女性たちが女優としての合否を採点するという構図の作品ですが、監督がこのシリーズで見せたいものとはなんでしょうか。


「今のAVの女優って、プロデューサーなりディレクターのOKをもらうことを第一に考えて濡れ場をやっている人が多いんだよね。形だけのSEXを見せて監督からOKをもらう。SEXの最中はカメラ位置を気にするし、男優もヌキサシ(結合部)をまず見せて、体位はこの順番でという仕事意識なわけですよ」

──流れ作業と言っていい“AV的”カラミというやつ。

「撮影の前の晩にセフレと一発ヤッて、それからAV現場に行くというコもいますけど、理由を聞くと、AVでは本当のSEXができないからって言うんです。でも僕の『ザ・面接』では本当のSEXを撮りたい。だから、本当のSEXをしたい女優さんがいたら来てください、という意志を僕たちはモデルプロダクションに伝えていて、そういうコが『ザ・面接』に来るわけですよ」

──そんな思惑があったとは。

「もしくは、そういうコをエキストラ(審査する女性側)のほうに忍ばせるとかね。ヤるヤらないは自由だよと」


「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)

──面接軍団と女優志願者とのSEXを見ているうちに興奮して、意外な審査員女性がSEXしてしまうのも、このシリーズの見どころのひとつ。あの流れは本当に何の打ち合わせもないドキュメンタリーなんですね。

「そうです。今回の『ザ・面接2015』に出てくる16人は、現役の銀行員、介護士、デリヘル嬢、人妻のフリーター、ラウンジホステス、スポーツインストラクター、元キャビンアテンダント、露出癖のある熟女などです。あと、2年間SEXしていない主婦で、本当に男優といいSEXができて涙を流すという人がいれば、男優がギブアップするくらいスポーツ化したSEXをするコも出てきます」

──いつも、奥ゆかしい人からSEXモンスターみたいな人までバラエティに富んだ面々を楽しめますね。

「意識してそういうラインナップにしています」

──女優と直接対峙する面接軍団も、個性的な面々が揃っていますよね。近年ではイケメン巨根男優として知られるウルフ田中が加わり、新たな血が導入されました。


「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)

「それまで起用していた男優が引退すると、その穴を埋めなきゃいけない。そこで若手の誰々がいいと面接軍団が推薦してくるので、そのたびに会って話をしてみるんです」

──監督のお眼鏡にかなうには何が必要なんですか。

「絶対聞く質問があるんですよ。『現場で女の子が生理のとき、そのタンポン食えるか?』って」

──おお、強烈なパンチですね。その質問をするようになったのはいつ頃からですか?

「森林(原人)君の頃から聞いてたから、少なくとも15年はやってる。彼は『はい、食えます』って即答したからすごく印象に残ってるよね」

──森林君はニューハーフもOKだし、何でも来いの人だからいいですけど、他の男優たちはそうじゃないですよね。どういう反応が返ってきますか?

「一瞬返事に詰まったり、『関係ないじゃないですか?』みたいなキョトンとした表情を見せたり」


「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)

──監督としてはどういう意図からの質問なんでしょう?

「カルビみたいに血のしたたるようなタンポンは、なかなか食えるもんじゃありません。僕たちスタッフも含めての話ですけど、男優というのは、女の子をある意味さらし者にするわけだから、それなりの覚悟が必要だよということです」

──タンポンを食える面接軍団とは、まさに選ばれし面々なんですね。

「そういうことです」

──視聴者のみなさんには、面接軍団の活躍をぜひ楽しんでいただきたいです。さて、次はいよいよ代々木監督ご自身のお話を伺っていきたいと思います。華道、興行界、極道の世界などで海千山千の経験を経て、成人映画の仕事に就かれました。監督デビュー作は、『ある少女の手記・快感』(1972年、日活)という劇映画ですが、その後AV監督としてはドキュメンタリー作品を志向しています。この変化は何がきっかけだったんでしょうか。


「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)

「監督を始めた当時から、ドラマは作り物だと感じていました。台本に沿って撮っている以上、出演者の個性も殺しているし、SEXシーンでも本当に起きてくるであろう事態を撮り逃がしているわけだよね」

──本当のSEXを撮りたいという思いは、当時からすでにあったということですか。

「そうです。それと僕の場合は、裁判と並行しながら仕事をしていたということも大きかったと思います。僕がプロデュースした映画『女高生芸者』(1972年、日活)が猥褻容疑で摘発されて、1980年に無罪判決が出るまでの間、僕は自分の裁判を支えるためにも、自分の仕事を全面的に肯定していかなきゃいけなくなりました。その材料を探すため、SEXの肯定的な面を勉強することになり、猥褻裁判に勝訴するための副産物として、SEXの奥深さを知っていったんです」


「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)

──そういうきっかけで性というものの探究が始まり、同時に裁判で戦う日々だったわけですね。

「一緒に起訴された他の被告たちは、人間の最も人間らしい行為に権力が介入すべきじゃないという立場から『猥褻の何が悪い?』と主張していましたが、僕は違った。僕は若い頃からヤンチャをやっていて、裁判も経験しているから、正面から戦っても公権力には勝てるわけがないってわかってました。だから『この映画は、指摘されているような猥褻にはあたらない。猥褻という概念を笑いというオブラートに包んで、健全なものにして提供したという自負がある』という意見陳述をしたんです」

──お上の言い分を汲んだ上での法廷闘争をしたわけですね。

「もちろん本心としては、SEXっていうのは本当にいやらしいことなのか? という疑問はずっとありました。そもそも僕らはお父さんお母さんが隣でSEXする中で育った世代ですからね。そして弟や妹が目の前で生まれる。僕らはお湯をわかしたりいろいろ手伝うわけです」


「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)

──産婆さんが家に来て出産がおこなわれる時代ですね。

「そういう時代に育ってるから、権力の側とは性というものの捉え方が違うなと感じたんですね。性という営みは社会に属しているものではなく、自然に属するものじゃないですか。SEXは生命を誕生させるし、人を不幸にもさせるが、至福の境地にも至らしめるものです」

──実体験として、誰もが共感できるところですね。

「当時は性行為が人間にもたらす恩恵の深さなどについてはまだ知識の段階でしたが、SEXからオーガズムというものを体験したときに、その人は何かを悟るし、人生すら変わるということを知った。たとえば『オーガズムとはこれ再誕なり』という言葉にも触れた。自分自身の体験としては未知の領域だけど、理屈としてそういうことがあるんだなって知ったんです。そしてそれを実践してみたのが、僕の作品なんです」


「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)

──なるほど、そうやってドキュメンタリーAV監督・代々木忠が誕生したんですね。

「チャネリングの世界なんていうのは、とりわけ実験や試みの場でしたね。だから本当はあんなの作品(1990年に誕生した『チャネリングFUCK』シリーズ)にすべきじゃないんだよ(笑)」

──女優がトランス状態の中で霊に憑依されて失神したり。見ている側としたら、何が起こってるの? とついていけない展開の連続でした。

「あのシリーズはいろいろ言われましたし、ユーザーからそういう反応が返ってくることは肌で感じていたよ。でも、僕の好奇心は止まらなかったわけ。見ることも触ることもできない人間の意識や心の世界をもっと知りたいっていうね」


「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)

──その好奇心が向かった第一号こそ、かの有名な愛染恭子というわけですね。代々木監督が初めて撮ったVTR作品は、彼女主演の「淫欲のうずき」(1981年、アテナ映像)でした。

「裁判を抱えて生活が大変な時期に、モデルプロダクションをやることになったんです。前任の社長が亡くなったので僕が引き継ぐ形になって。そこに第1号として所属したのが愛染恭子でした。当時はまだ青山涼子という名前でピンク映画に出演していました」

──彼女は、谷崎潤一郎原作で武智鉄二監督のハードコア映画「白日夢」の主演に抜擢されて愛染恭子に改名し、一躍スター女優になった。

「武智鉄二さんが、『主演に決まっていた女の子がトンズラしちゃったんだ。誰か本番できるコいない?』っていうので、面接することになり、武智さんが青山涼子に決めたの」

──へえ。誰かの降板劇がなかったら、「愛染恭子」は誕生しなかったんですね。そうしてスターダムに駆け上がった彼女でVTR作品を撮るのは、自然な流れだったんでしょうか?


「ザ・面接 4時間ウルトラDX 代々木忠2015 〜面接軍団ももろともしないエロ女子たちが大集合〜」(AV王)

「いや、まだアダルトビデオなんていう概念もない時代で、そんなものを撮る考えなんて僕にはまったくなかった。だけど、一緒に組んでいたムービーカメラマンの久我剛が、『自分のプロダクションに愛染がいるのにもったいない。VTR作品を撮ったら?』と勧めてきたんですよ。それがきっかけで、僕も彼女を撮ることにしました」

──久我カメラマンのひと言がAVの歴史を作ったわけですか。

「裏読みすると、すこし違うと思う。撮った時点では作品の売り先が決まってませんでしたが、最終的に愛染作品の販売元は、日本ビデオ映像になるんです。おそらくそこの社長が久我剛に、『愛染恭子を口説いて撮れないか?』って打診したんでしょう。それで僕のところに話が来たんだと思う。僕はそういう事情をまったく知らず、ただ友達の久我剛が勧めるから愛染恭子を撮ったんです」

まるでプロジ●クトXに出てくるような人間模様だが、ここで億単位の大金を掴み、代々木忠監督の快進撃が始まる。後編では、いよいよ一世を風靡した「ザ・オナニー」の意外な誕生秘話が明かされます。お楽しみに!

Profile

代々木忠
1938年福岡県生まれ。華道、極道を経て1963年からピンク映画に携わり、1972年に監督デビュー。1976年以降はプロデューサーとして作品を量産。1981年に愛染恭子を起用した大ヒット作品「淫欲のうずき」でAV監督デビュー。1982年に始まる「ザ・オナニー」シリーズでアダルト映像の新境地を開拓する。AV草創期の立役者にして、いまなお第一線で新作AVをリリースし続けている。

Profile

文・沢木毅彦
さわき・たけひこ 1961年生まれ。フリーライター。AV草創期よりAV専門誌にレビュー、取材記事を寄稿。月刊誌、週刊誌、WEBで細々と執筆中。香港映画と香港街歩きマニア。ビールは香港の海鮮屋台で飲むサンミゲル(生力)とブルーガール(藍妹)が最好。
twitter:@berugiisan

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