アダルトレーベルの歴史研究

「至高のフェチAVメーカー」の看板で知られるアロマ企画は、1992年3月に誕生。母体となったのは、先代の社長と鷲本ひろし監督(現社長)が二人三脚で始めた、「女子●生のパンティ」などを売るブ●セラショップだった。ここで販売するためのブ●セラビデオをほそぼそと撮っていた彼らだったが、やがて、ショップの経営危機により、オリジナルのAVを手掛ける方向にシフトする。それが、アロマ企画の始まりだった。

第8回 アロマ企画「フェチとマニアの妄想世界」


『ピッタリパンツのくい込み』(画像提供:アロマ企画)

第8回 アロマ企画「フェチとマニアの妄想世界」

社長に社名を考えるよう言われた鷲本ひろし監督が、英和辞典をめくっているうちに閃いたのが「アロマ企画」だ。Aのページから良さそうな単語を探していて目についたのが、「アロマ(=匂い)」だった。その語感の響きの良さに加えて、撮影現場の「匂い」を伝えたいとの思いも込めて決定したという。

当時の商品ラインナップには、通常のAVで描かれるような女優と男優のカラミはなかった。理由は単純明快で、鷲本監督が他人のSEXを見ても興奮しないし興味がないからだ。かくして、アロマ企画の主力は、女体のパーツや、痴女による男攻め、母乳、パンチラなど、マニア向けに焦点を当てた映像ばかりとなった。しかもそれが一部の層から強烈に支持された。

「お客さんの熱量は昔から変わっていませんが、特にパンチラ物のファンはこだわりがすごい。色だけではなく素材にも細かい。透け方やシワの寄り方にも好き嫌いがあり、『今回の作品は3人目のパンチラがいいけどそれ以外はダメだ』とか、電話をかけてきて直接言ってくださるお客さんもいます」


『しゃがんだミニスカの太もも』(画像提供:アロマ企画)

そう話すのは、社員の角脇しげお監督。アロマ企画のようなマニアックなメーカーの作品を、いったいどんな人間が観るのか。そう感じた読者諸兄には、格好のサンプルとなるのが、今回の取材に応えてくれた角脇監督だ。「好きなジャンルは接吻物」という、現在47歳の彼は、2000年にアロマ企画に入社した。

「もともとアロマ企画のAVが好きだったんです。僕みたいなパッとしない男が出てきて、女の人とエロいことを経験できるという内容が好きで。イケメンだったりマッチョだったり、すごい前戯をする男優が出てくるようなAVではダメ。僕は、出演する男に自分を投影できないAVには、興奮しないんです」

大学を卒業して建築会社に就職していた角脇監督は、ある日、アロマ企画の「広報スタッフ募集」の広告を見つける。

「広報ってどんな業務なのか、まるで知らないまま面接に行ったんです。僕は転職する気はなくて、好きなアロマ企画に記念受験をするノリだったんですよ」


『マン土手角オナニー』(画像提供:アロマ企画)

このとき応対したのが、角脇監督が熱心に追い続けてきた、同社の専務=鷲本ひろし監督その人だ。鷲本作品の大ファンとして、賛辞からダメ出しまで、本人に率直に感想を語る彼を、鷲本監督は気に入った。鷲本監督は、この手のマニアが好きなのだった。

「入社するよう誘われまして、事の重大さに気づき(笑)、どうしようかと迷った末に、これはチャンスだと思って前の会社を辞めたんです」

この出会いからさかのぼり、アロマ企画が産声をあげたのは、1992年の3月。記念すべき第1弾は、『密室トイレ・目隠し 恥辱尋問プレイ』だ。VHSテープの60分作品で、価格は8000円。社長と鷲本監督の知り合いの素●女性に、セー●ー服を着てもらった。アロマの社員2名はこの時点では映像の素●だったため、社長の知り合いでプロのAV監督であるジャンク斉藤に演出を頼んだ。やがて、「変なAVを作るメーカー」として注目されるようになる。

「男女の普通のカラミに飽きて、なにか面白いもの、変わったものを見たいというお客さんの目に留まるようになったんです。セルビデオの市場拡大に乗って、たくさんのショップにアロマのAVも置いてもらえるようになりました」


『憎いほど男殺し 女教師編』(画像提供:アロマ企画)

とはいえ、鷲本監督も角脇監督も、アロマのAVを「フェチビデオ」だとは思っていないのだという。

「普通にエロいと思うものを撮っているし、ただ好きなものを撮るという作業を続けているだけです。多くのAVでは、最後くらいはSEXシーンを入れて作品としてのバランスを保つという作り方をしますけど、アロマ企画は違います。監督たちが撮りたくない要素を排除して撮り続けた結果、アロマ企画作品が変わったAVとして認知されたわけですね」

角脇監督は、自分の中の「普通のエロ」を撮っているだけだと言う。ひょっとすると、本物のフェチ趣味者は、自分がフェチであることの自覚すらないのかもしれない。


『奥様・母乳搾りコレクション』(画像提供:アロマ企画)

こうして独自路線を走り続けてきたアロマ企画の最初のヒット作品は、『憎いほど男殺し 女教師編』(1992年)。主演は、SM界で名を馳せる三代目葵マリー。当時23歳の彼女は、水城千春の名前でイメクラ嬢をやっていた。男を攻め立て、手コキ発射をさせる一連のパフォーマンスは天才的な痴女ぶりで、カメラを構える鷲本ひろし監督は、初めて撮影現場で勃起したという。会社が発足した年の晩秋。それまで、何を撮っても売れなかったなかで、起死回生の一作となった。

「発売直後から、それまでつきあいのなかったショップや問屋からも仕入れたいと電話がかかってきたみたいですからね」

さらに3年後には、この『~男殺し』の売り上げを越え、AV史にその名を刻む作品が登場する。『奥様・母乳搾りコレクション』(1995年)だ。大阪在住の男性が、出産して間もない女性の乳首をつまみ、母乳が噴出している映像を撮って売り込んできたのだ。これは珍しいなと鷲本監督が目を奪われ、編集して販売。日本で初めての母乳物のAVだった。


『どすけべ熟女 母乳ママIV BEST SELECTION』(画像提供:アロマ企画)

「これがシリーズ物になったのがきっかけで、マミパット笹塚さんというマニアがやってきて、ウチの母乳物のエース監督になりました。以降、今日までいろいろな母乳物のシリーズが生まれています。最近では母乳の出る女優さんがプロダクションに所属していますけど、初期はインターネットの掲示版で、出演してくれる女性を苦労して探して撮っていました」

また、『〜母乳』のような持ち込み映像の他、各地のファンから届いたアイデアも商品化された。『舐められ倶楽部』(1995年)は、一般のユーザーがアロマ企画に送ってきた手紙をもとに撮ったものだ。

「『私は舐められたいのです、そういう風俗店があれば行ってみたいのです』から始まる手紙で、舐め方からスカートのめくれ具合まで細かく書いてあるんです。これも売れて、シリーズ化されました。初期の作品は女優さんではなく、風俗をやっている女性を探して出演をお願いしていましたね」


『舐められ倶楽部』(画像提供:アロマ企画)

『舐められ倶楽部』など、男が攻められる作品がアロマ企画には無数にある。「男が何もせず、ひたすらやられるがままというのがヒットの要因ではないか」と角脇監督は話す。

「パンチラを見てしまい勃起したら女の子が面白がって抜いてくれたり、痴女に襲われたり、という展開がもしあったら、みんなうれしいですよね。なんの努力もせずにいい思いができるなんて。男女のカラミのある作品としては、『腰ふり騎乗位』(2002年)とか『ピストン騎乗位』(2005年)シリーズがありますが、これも寝そべっている男の上に、女の人がすすんで乗ってくれる作品です。やはり、アロマ企画の主力商品は、ヘナチョコ男子の妄想が映像になった世界なんですよ」

ただ、ヘナチョコ男子向けの作品でありながら、作り手側には体を張った行動力が要求されることもある。2000年4月には、鷲本ひろし監督作品『僕のオナニー見てください。』(2000年)が登場し、ヒットした。鷲本監督が女性の前でオナニーし、その姿を見てもらうというもの。女性が恥じらいつつも興奮してくる様子と、「撮影・オナニー 鷲本ひろし」の潔いクレジットがユーザーの心をつかんだ。


『僕のオナニー見てください』(画像提供:アロマ企画)

同作の着想は、露出マニアが集うインターネットの掲示板の書き込みからだ。これを見て興奮をおぼえた鷲本監督が、自分もやってみようと実行に移し、地方にも出かけた。北は北海道から南は九州まで全国に遠征し、テレクラなどを利用して現地の女性とコンタクトを取り、オナニーを見てもらって撮影し続けた。

他に、『ピッタリパンツのくい込み』(1997年)、『マン土手角オナニー』(2001年)、『マッサージで感じちゃった僕。』(2005年)など、シリーズ化されたものは実に多い。

熱烈なマニアに支持され、二人三脚で始まった会社は大きくなった。社員監督は鷲本ひろし、夢野あいだ、笠井貴人の3人に増え、角脇氏も制作スタッフとして現場を駆け回るなかで、入社3年目ほどで監督に昇進した。だが、どの監督も「好きなものだけを撮る」スタイルゆえに、売れなかった作品は山ほどある。

「基本的にパーツ物はスベりますね。女性の髪の毛とか、足の裏とか」


『美尻姉さんの山登りの尻 ~夏のホットパンツ編~』(画像提供:アロマ企画)

そう語る角脇監督にも、大コケ作品がある。女性のパーツでは「お尻が好き」という彼のその1本が、『美尻姉さんの山登りの尻 ~夏のホットパンツ編~』(2006年)。山に登る女の子たちのお尻と、ホットパンツから覗くムッチリした太股を延々と撮ったものだ。

また、『生理ランナー』(2006年)には、生理2~3日目の女の子が5人登場し、白い短パンを穿いて町内を走る。その赤く染まっていく股間を、カメラが延々と追い続けるのだ。

「小学生くらいのとき、女性のマラソンランナーが生理の血を流しながら走っているシーンをテレビで見ました。どうして出血してるのか母親に聞いてもごまかされたんですが、後になって、あれが重大な事態だと気づいたんです。興奮したわけではなくて、トラウマみたいになってました。そういう経緯があって、いずれ映像化してみようと企画を温めていたんです」

複数のモデルプロダクションに連絡し、生理中の女の子に出演を依頼した。撮影当日に生理が来なかった場合はいったんキャンセルし、翌日以降に再度スケジュールを組み直すという労作なのだ。だが、ユーザーはさすがに受け入れてくれなかった。


『生理ランナー』(画像提供:アロマ企画)

「好景気で業界全体のパイが大きかった時代だからこそ、監督が撮ってみたいものを好きに撮れたんですよ。たまにコケる作品があっても他の人気シリーズの売り上げでカバーできますから。でも最近はどのメーカーもそうはいかないので、とんでもないAVはそうそう撮れないですね」

こうした時流の波は、アロマ企画にもおよんでいるようだ。かつてのアロマ企画作品には、素●娘や名もない企画単体女優が主に出演していたが、7~8年前から、売れっ子の女優も起用されている。

「昔からやってきたいろんな企画やプレイをブラッシュアップしていく上で、女の子に要求する要素も多くなってきました。そうすると、キャリアの豊富な女優さんがどうしても必要になってくるんです」


「ツンづらガマン顔とエクスタシー顔」(放送:プレイボーイ チャンネル)

今月のスカパー!アダルトで放送される「ツンづらガマン顔とエクスタシー顔」(プレイボーイ チャンネル)は、その好例だろう。

笹倉杏、優梨まいな、桜木優希音という、昔のアロマ企画では考えられないような(笑)、人気者が3人も登場するのは大きな見どころです。ウチに昔からある『がまん顔』シリーズから派生したもので、ファンの根強い要望に応えて撮ったものです。女の子に『感じてる顔をしちゃダメですよ』と伝えて、オモチャで攻めたり、くすぐったりして、その悩ましい表情を見せつつ、どんどん攻め続けるという展開です」

アロマ企画が誕生した当初は、素●が棒読みでこなすプレイや、いかにも素●が撮った拙い映像が「あじわい」として珍しがられてウケたが、今はもうそういう時代ではないのでしょうねと、角脇監督は言う。スカパー!アダルトで放送されるもう1本、「まん汁音が脳内に響き渡る おねだり淫語と指ズボクチュまんオナニー」(レッドチェリー)は、そんな女優のスキル向上と撮影技術の進歩を、遺憾なく活かしている。


「まん汁音が脳内に響き渡る おねだり淫語と指ズボクチュまんオナニー」(放送:レッドチェリー)

「これはバイノーラル録音なので、ヘッドフォンを着けて鑑賞していただければ臨場感倍増です。派手なオナニーを見せるわけではなく、おねだりする淫語と、クチュクチュと響く愛液の音が売りです」

機械音痴の鷲本ひろし監督が、かつてはホワイトバランスも知らずにビデオカメラを回していたのと比べれば隔世の感がある。

「ただそれでも、僕らはプロ監督になりすぎないようにと心がけています。売れている他社のAVの企画を導入したり、さっきも言いましたが、撮りたくないSEXシーンを無理に入れたりはしませんね。僕自身のスタンスは、アロマ企画の作品のユーザーだった学生時代とまったく変わっていないので、『こんなことをやられてみたいな』というプレイを、今後も積極的に撮り続けようと思っています」

現在の監督の布陣は、フリーになった笠井貴人以外は、社員監督の角脇しげお、さとしまにあ、ハム王子の面々(鷲本ひろしは現在監督を休業中だが辞めたわけではないそうだ)。普通のAVでは物足りなくなった諸兄の嗜好に、ぴたりとハマるめくるめく世界を、彼らはきっと見せてくれることだろう。

Profile

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文・沢木毅彦
さわき・たけひこ 1961年生まれ。フリーライター。AV草創期よりAV専門誌にレビュー、取材記事を寄稿。月刊誌、週刊誌、WEBで細々と執筆中。香港映画と香港街歩きマニア。ビールは香港の海鮮屋台で飲むサンミゲル(生力)とブルーガール(藍妹)が最好。
twitter:@berugiisan

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