せきしろのアダルトのある風景

あの頃、僕らのまわりには「アダルトのある風景」があったーー。 まぶしくて、恥ずかしくて、手の届かなかった、アレ。 文筆家のせきしろ氏が描く、アダルトにまつわる物語。

第11回「メロスを卑猥にする」

 今年の夏くらいに、高校生の前で話す機会があった。本に関する話をしてほしいとの依頼だったので、話すことをいくつか用意していった。

 そのひとつに、太宰治を扱ったものがあった。太宰治の作品『走れメロス』のイメージを変化させるという内容で、簡単に言えば『走れメロス』を楽しく、あるいは悲しく、もしくは笑えるように変えていくものだが、その中に「卑猥にする」という項目もあった。しかし、高校生の前でそんな話をするわけはなく、日の目を見ることもないだろうと思っていたのだが、こうやってエロについて語る場を与えて頂いたのでここでいくつか発表したいと思う。

メロスは激怒した。

 皆さんご存知の通りこれは『走れメロス』の書き出しである。これに何か言葉を付けて卑猥にしてみようというわけだ。

 卑猥に変化させる代表的な言葉として「夜の」がある。私が生まれる前から存在する定番中の定番だ。たとえば「バット」「ゲーム」「メニュー」「野菜」という単語に付けてみると、「夜のバット」「夜のゲーム」「夜のメニュー」「夜の野菜」とどこか卑猥になる。

 これをさっそく試してみる。

夜のメロスは激怒した。

 しかし、卑猥さは感じられない。これはメロスが人名だからだと考えられる。

夜の太宰治
夜の川合俊一
夜のリチャード・ギア

 他の人名でも同様だ。

 ただ、メロスを男性器の別称、メタファー、あるいは「メロス自身の男性器」と考えたならば、卑猥さは一気に増す。

夜の『メロス』は激怒した。

 男性器が激怒するわけだから、なんだか大変なことになってそうだ。

 また別の言葉で「濡れた」というのもある。これもまた定番の言葉である。

濡れたメロスは激怒した。

 これまた卑猥さはゼロ。ドッキリを仕掛けられてプールに落とされたメロス、天気予報を信じたメロス、ホテルの浴室で手を洗おうとしただけなのに切り替えがシャワーのままになっていたためにびしょ濡れになったメロスなどが想像される。そこにはコミカルさと、自業自得感しかない。

つづく。

Profile

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せきしろ

せきしろ

1970年北海道生まれ。文筆家。 著書に『去年ルノアールで』(マガジンハウス)、『不戦勝』(マガジンハウス)、『妄想道』(KADOKAWA)、『逡巡』(新潮社)、『学校の音を聞くと懐かしくて死にたくなる』(エンターブレイン)、『たとえる技術』(文響社)、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(双葉社)など。又吉直樹氏との共著の自由律俳句集に『カキフライが無いなら来なかった』(幻冬舎)、『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著に『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)がある。 2015年刊行の『海辺の週刊大衆』(双葉社)は又吉氏主演で映画化され、話題となった。最新作は『バスは北を進む』(幻冬舎文庫)。
Twitter:@sekishiro

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