せきしろのアダルトのある風景

あの頃、僕らのまわりには「アダルトのある風景」があったーー。 まぶしくて、恥ずかしくて、手の届かなかった、アレ。 文筆家のせきしろ氏が描く、アダルトにまつわる物語。

第14回「思い出せない」

 将来の夢などなかった私がいつの間にか物書きになった。1990年代の前半のことで、原稿用紙に手書きだった。

 初めて連載をもらったのは成人向け雑誌、いわゆるエロ本だった。

 それは聞いたことがない名前の雑誌であった。もしかしたら創刊したてだったのか、それとも私が知らなかっただけなのかはわからない。なぜならその雑誌に関する記憶がほとんどなくて、思い出そうとしても何も出てこないのだ。記念すべき最初の連載だったのにも関わらずにだ。

 雑誌名だけでもなんとか思い出したくなって、せめて最初の一文字だけでもと頭の中で「あ、い、う、え、お、か……」とあ行から順番に探してみたがしっくりくる文字はなかった。

 一文字だとそんなものだろうと思い、今度は「ああ、あい、あう、あえ、あお、あか……」とあ行から順番に組み合わせいったがキリがない気がして途中でやめた。

 エロ本での二回目の連載は覚えていて、『デラべっぴん』という雑誌だ。こちらは高校生の頃から知っていたからだろうか記憶にしっかりと残っている。オナマイドなる企画もしっかりと覚えている。英知出版が綺麗なビルになったのも覚えている。その次は『スーパー写真塾』で、『Cream』を最後にエロ本では執筆していない。

 最初の連載以外はある程度覚えているのに、なぜこんなにも思い出せないのだろうか。初めてで何もわからずに書いていたから余裕がなかったのか。あるいは記憶を封印したくなるような嫌なことがあったのか。いや、どちらでもない。きっとただの老いだ。

 ネットを使っていろいろと検索ワードを変えていけば雑誌名にたどり着く可能性は大きいが、私はなんとか自力で思い出そうとした。ここで思い出さないとさらに老いが進む気がしたのだ。

 駅まで歩きながら思い出そうとして、やがて「駅に着くまでに思い出さないと世界が滅亡する!」と自分に言い聞かせて自ら追い込んだ時、目の前に空き地が現れた。駅近くのお店とお店の間がぽっかりと空いていた。どうやら建物が解体されたようだ。今度は「あれ? ここって何があったんだっけ?」と考え始めてしまった。

Profile

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せきしろ

せきしろ

1970年北海道生まれ。文筆家。 著書に『去年ルノアールで』(マガジンハウス)、『不戦勝』(マガジンハウス)、『妄想道』(KADOKAWA)、『逡巡』(新潮社)、『学校の音を聞くと懐かしくて死にたくなる』(エンターブレイン)、『たとえる技術』(文響社)、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(双葉社)など。又吉直樹氏との共著の自由律俳句集に『カキフライが無いなら来なかった』(幻冬舎)、『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著に『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)がある。 2015年刊行の『海辺の週刊大衆』(双葉社)は又吉氏主演で映画化され、話題となった。最新作は又吉氏との共著『蕎麦湯が来ない』(マガジンハウス)。
Twitter:@sekishiro

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