「あれはキョーレツでしたねー。僕も仕事じゃなかったら、間違いを犯していたかもしれませんよ」
豪快にガハガハ笑いながら話す梅野さん(45歳=仮名)は、下ネタ好きの楽しいオジサン運転手だ。深夜に男性客を乗せると大抵は男同士ならではの下品な猥談で盛り上がるそうで、
「なんか、僕にはしゃべりやすいみたいですよ。実際、僕はどんなエグいエロ話をされても、共感できる自信があります」
同僚の間では〝千の性癖を持つ男〟とまで呼ばれているそうだ。
そんな梅野さんでも対応に困るのがコレだ。
「女性の酔っ払いです。酔って怒鳴り散らすお姉さんも怖いですけど、それ以上に恐ろしいのは酒が入るとキス魔になったり、脱ぎたがる女性です。結構、多いんです」
40代後半と思しき泥酔熟女を乗せたときは、運転席と助手席の間から顔を覗かせて、何度も頬をベロベロ舐められたという。
「フツーの太ったオバちゃんです。まあ勘弁してくれ、となりますね」
キス魔よりも面倒なのが脱ぎだす女性で、
「あとで何を言われるかわかりませんからね。うれしいどころか、本当に迷惑です!」
と怒りを露わにするほどだ。
しかし、一度だけ間違いを犯しそうになったことがあったという。
「終電後の渋谷駅で30代半ばのOL風を乗せたんです。最初、彼女は女友達に肩を貸される形で、乗車されました」
どうやら合コンだったようで、彼女を連れてきた女友達は行先だけを運転手に告げた後、「じゃあ、ちゃんと帰るのよ」と、自分はソソクサと男女グループの元に戻っていったという。
「おそらくもう一軒行こうって感じだったんでしょうね。ただ、彼女だけは完全に酔いつぶれていたので、タクシーに乗せられたんでしょう」
梅野さんは車を発進させた。後部座席では早くも女性客が寝転がって、乱暴な言葉を口走っていたという。
「内容を聞く限り、一緒にいた女友達の悪口を言っているようでした。たぶん、彼女はまだ合コンに参加したかったのでしょう。半ば無理やり帰らされたことを怒っていました」
大声で喚き散らす女性はやがて、トンデモないことを言いだした。
「あんたより、私のほうがナイスバディなのよ!」
ふへえ~。いまどきナイスバディはないだろ、と思いつつ、梅野さんは触らぬ神に祟りなし、とばかりに黙ってハンドルを握っていた。すると、
「見たい? 見たいんだ~。ふーん」
女性は誰に話しかけているのか不明だが、おもむろに体を起こすと、ブラウスのボタンを外し始めたというから、さあ大変。梅野さんは「お客さん、ダメですよ!」と注意したものの、一向に手を止めない。
「これはマズいと思って、変なトラブルになる前に交番に行こうかと思いました。だけど、しばらくすると彼女はまた寝転がって、今度は静かに寝息を立て始めたのです」
胸元ははだけて、赤いブラジャーまで覗いてはいたが、とりあえず目的地まで到着。寝ている女性客に「着きましたよ」と声をかけたところ、
「女性はフッと目を開けてね。僕のほうを不思議そうに見ながらも、急に潤んだ瞳で一言。『私なんか、どうですか?』と泣きそうな声で聞いてきたんです。どうやらまだ合コンの途中だと思っているみたいで……それにしても、あの切実な迫り方はグッときましたね(笑)。ちょっと股間が大きくなりました」
むろん、そこはしっかりと我慢したものの、
「今でもあのときの『私なんか、どうですか?』という言葉が忘れられません。泥酔して喚き散らしていた彼女の、あれこそが本当の姿のように思えるんですよね」
千の性癖を持つ男が、最後はしんみりとこう語るのだった。