「さすがにあの時は、どう反応していいかわからなかったです」
田川さん(65歳=仮名)はすっかり広くなった額を手でこすりながら、照れ臭そうに言う。
2年ほど前の秋口だった。深夜に20代前半と思しきギャルを乗せた。
「短いスカートを履いていてね。ひと目で水商売の子だなと思いました。案の定、ガールズバーでアルバイトしているそうで、これから帰るところだったんです」
客に飲まされたのか、結構酔っぱらっている様子で、乗車するなりグッタリしていたという。
だが、しばらくすると〝変な声〟が聞こえ始めた。
「んっ……ハァ」
甘く漏れるような声で、妙に色っぽい。とはいえ具合が悪いのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
田川さんはルームミラー越しに聞いた。
「え? あ、はい……」
ギャルはやはり酔っぱらっているのだろう。眠そうな顔で返してきた。その後数分は何もなかったのだが、再び、
「ん~、ふう……アッ」
変な声を漏らし始めた。ルームミラーで確認したところ、別に気分が悪そうでもない。むしろ、目を閉じて、幸せそうに口元を緩めていた。
「んっ、ん!」
だんだんその声が大きくなってくる。だが、何かをしているわけでもない。
ギャルは後部座席のシートにぐったりと背中を預けた格好で、両脚はまっすぐに伸ばしていた。
ちょっと変な姿だなと思ったが、それ以上にミニスカートから伸びる色白の素足に生唾を飲んだ。
「んんっ、ん~、ハァ……んん~~」
いまやギャルはうっすらと唇を開き、眉根を軽くハの字にまげて、恍惚の表情だ。
ついには伸ばした両脚の内股をせわしなくモゾモゾと擦り合わせ始めた。その姿を見て、田川さんはあることに気づいた。
「お客さん、お手洗いですか!?」
オシッコを我慢している子どものような動きだったからだ。その瞬間、
「んんっ!!」
ひときわ大きく「ンンッ!」とギャルは呻いて、ハアア~と深いため息を落とした。
漏らした!? 田川さんは車を止めようとした。
「あれ? 私、なんか変な声出していました?」
ギャルは急に酔いが醒めたように、普通に会話をしてきた。
「あ、はい。ずっと苦しそうに呻いていらしたので……」
「ごめんごめん。昔からの悪い癖なんだよね。なんかさ、幼稚園ぐらいの頃から、座った状態で下半身に力を入れて太ももを擦ると、気持ちよくてさ。椅子とかに座るたび、それをやっていたら、おばあちゃんにバレて怒られたこともあるんだよね。『んんっ、ってやるのは、恥ずかしいことだから、やめなさい』って(笑)」
ギャルは直接的な表現はしなかったが、それはオナニーだ。幼少期の頃に覚えた手を使わない自慰行為が、お酒を飲んで夢見心地のときなどについ出てしまうようだ。
田川さんは言う。
「こっちはもうなんて反応していいのかわからなくてね。聞くと、おばあさんはもう他界されているそうで。娘さんが降りられるときに、おばあさんの代わりに『んんっ、はやめたほうがいいですよ』と言おうかと思ったんですけど、さすがにやっぱり言えなかったです」
それ以来、後部座席で足を伸ばして座る女性がいると、どうしても「んんっ」を思いだしてしまうそうだ。