「普段大人しい人ほど酒乱になりやすいんですよ。タクシードライバーになってから、嫌というほどそのことは実感しています」
松坂さん(56歳=仮名)はそう断言する。なかでも一番ヒドかったのは、3年ほど前に乗せたアラサーの女性客だという。
「見た目は、眼鏡をかけた真面目そうなOLさんでね。その日は結婚して退社する同僚の送別会で、飲んでいたそうです。乗車されたときはさほど酔っているとは思わなかったのですが……」
お行儀よく足を揃えて後部座席に座り、松坂さんが話しかけると、丁寧な言葉遣いで返してくれていた。
「私は結構、地味で物静かな女性が好きでね。あのお客さんのことはタイプといえばタイプだったんです。それでつい余計なことまで言ってしまったんですよね」
バレンタインデーが近い時期だったので、松坂さんは女性客に「彼氏さんとデートですか?」といった質問をしてしまったという。
すると、女性客は突然キッと睨みつけるような表情となり、
「彼氏はいません!」
ピシャリと言い放つや、その直後、何かスイッチが入ったようにワンワン泣き始めたという。当然、松坂さんはオロオロしながら、とにかく謝った。
しかし、一度火の付いた女性客の感情がおさまることはなかった。
女性客は泣きながら、こちらが聞いてもいないのに、自分は妻子ある上司と肉体関係にあったものの、つい最近、捨てられたことを打ち明けてきたそうだ。
「そうでしたか……でも、お客さんはまだ若いんですから、きっとすぐにいい人が……」
松坂さんは懸命に慰めようとしたが、女性客は感情剥き出しで、
「だって、あの人でないと、私はイケないんです! あの人の大きいアレが忘れられない!」
あろうことか、SEXが良かったことまで大声で暴露し始めた。
「な、なるほど。体の相性ってのも大事ですもんね……」
「そうよ! やっぱり巨根でないとダメ! 太くて長いもので、グーッと押し込まれないと、あの気持ちよさは味わえないんです!」
必死の形相で訴えてくるや、いきなり女性客は後部座席の窓を開けて、
「巨根の彼氏募集中ですよ~! 巨根、巨根、巨根! どこかにいませんか~」
深夜の時間帯なので人通りこそ少なかったものの、タクシーはその時、ちょうど信号待ちで停車中。交差点を渡ろうとしていたのは、夜中に犬の散歩をしていた中年男性で、目を丸くしてこちらを見ていたそうだ。
「犬も同じようにビックリしたような顔で、窓から顔を出して叫ぶ彼女を見ていましたよ。僕は『お客さん、窓から顔出さないで、危ないです!』と必死にお願いしていました」
窓から顔を出すことは止めてくれたものの、女性客はタクシーの車内から大声で叫ぶことが楽しくなってきたのか、その後も、信号待ちで止まるたび、「巨根!」と外に向かって喚いていたそうで、
「同じ会社の運転手にも、その様子を目撃されましてね。あとで、『あれだと女性がお前に呆れて、巨根、巨根って叫んでいるみたいでさ。お前は租チンなのか?』と冷やかされました」
松坂さんはそれ以来、女性客を乗せたときは、下手に恋愛話を聞かないように努めている。